痛覚エッセイ>「折り鶴」

  accessのツアーのまさかの演出、インディーズのバンドマンのLUNA SEA・L'Arc~en~Cielの本気のコピー大会「真夏の屋内」などなどのおかげですっかり1994年の住人な夏休みです。94年の歌ばっかり聴いてる。

 終戦記念日ですね。8年ぐらい前に書きかけてそれっきりだった痛エッセイを、今年ようやく最後まで書きました。
 広島の千羽鶴については、梨木香歩の『ぐるりのこと』の「大地へ」という章でも言及されています。千羽鶴に対する「独りよがりの押しつけがましさ、のようなにおいが感じられ、何か望みがあるのだったら、もっと具体的な行動をとったほうが現実的だと思っていた」という感覚(作中に引用した詩でうたわれている苛立ちも、このあたりに起因するものかも知れません)、それでもなお、千羽鶴が焼失したというニュースを受けて鶴を折るに至る、微妙な機微のようなものが私などの拙い文章よりずっと伝わると思いますので、是非読んで頂ければ……。
 また、「鉄の折り鶴」については当時から私の記憶があやふやで申し訳ないのですが、おそらくソースはこのあたりだと思います。鉄の鶴を供えようと思った方々の真摯さはそれはそれですごく尊いものだと思うのですが、なんだか一方的に否定するような文章になってしまって……うう、ごめんなさい。

 あと、「祈るだけでは足りない」とは思わないけれど、情緒的に戦争の悲惨さを訴えているだけではどれだけ声高に叫ぼうと事態は変わらないんじゃないか、とはシビアに思います。誰が、何の得があって戦争を仕掛けているのか、そのあたりの利害関係を冷静に見極める視線が必要な気がします。
「火垂るの墓」もいいけれど、「華氏911」や「ダーウィンの悪夢」を見るとそのへんを考えさせられます。

 戦争についてはちゃんと書けたと思ったことがないけれど、今回もあまりうまく書けず、もどかしさのあまりこんなところで変に言い訳がましくなってしまってすみません……。精進します。

 さて、第11回文学フリマの申込受付が開始になったようです。早いなあ……
 私、12月の第2週開催だと思ってたんですが、5日だったんですね……。何も考えずに(いや気にはしてたはずなんだけど!)BUCK-TICKのツアーのチケット12月1日で取ってもらってしまった……(泣)早め進行で頑張ります……!
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