第21回文学フリマ東京 参加のお知らせ&『庫内灯』のこと

 ついこのあいだ5月のイベントが終わったと思っていたのに、もう今年が終わろうとしている……。秋の文学フリマ東京も気づけば目前でした。参加いたします、よろしくお願いします。

 2015年11月23日(月祝) 11:00〜17:00
 東京流通センター 第二展示場
(東京モノレール 流通センター駅 徒歩1分)
 C-50「痛覚+Wilhelmina
 イベントの詳細はこちらから。

 春に引き続き、文学フリマ大阪非公式ガイドでご紹介いただいた天使アンソロジー『el』と、ビートルズトリビュート本『I Say Hello』を持ってゆきます。
 おかげさまで『el』は大阪では委託分が早々になくなってしまったと聞きました。この機会にぜひ!

 また、文学フリマ大阪で発行されて以来たいへん話題になり、先日は朝日新聞のコラムでも取り上げられたBL俳句誌『庫内灯』が東京でも頒布されます。
 実は私も散文でちょっとだけ参加させていただいています。尾崎放哉の「墓のうらに廻る」をもとに「逢瀬」という掌編を書きました、ので、少しその話をさせてください。

 正直なところ俳句は「わからない」という意識が強く、積極的に読んだり書いたりしようともせず、なんとなく距離を置いてきたのですが、決定的に「わからない」と思いこんだきっかけが高校の国語要覧に載っていた尾崎放哉でした。
 五七五の十七音で季語をもついわゆる定型の句ですらつかみどころがないのに、「無季・自由律」などと言われてしまうともう、とりつくしまがない。種田山頭火の「あるけばかつこういそげばかつこう」「分け入つても分け入つても青い山」あたりならそれでもまだ、リズムにのれる気がするけれど「墓のうらに廻る」になってくると、これも……俳句……? 俳句とは……? ととまどってしまう感じでした。
 ただ同時に、意味がわからなすぎて最高におもしろいとも感じていて、「墓のうらにww廻るwww」みたいなだいぶ失礼なノリで(ごめんなさい……)ずっと忘れられずにいました。おしゃべりしていて俳句わっかんないよな〜みたいな話題が出たら必ずこの句を引いていた気がする。

 それから『共有結晶』に参加してBL短歌と関わり、短詩の「BL読み」に目覚めて楽しむようになりました。
 あるときツイッターのタイムラインに「入れものが無い両手で受ける」はBL読みできる、という話題が流れてきました。(2014年3月23日
 そうか、尾崎放哉にもBL読みは適用できるんだ……その発想はなかったな……と「墓のうらに廻る」を思い出したとき、あっ、と思いました。「BL読み」の回路を起動したとたんに、今までまったく浮かばなかった光景が、眼前にばーっと広がったのです。
 ふつうに花を供え、線香をあげるのではなくわざわざ「うらに廻る」。
 その墓は彼(主体)にとってとくべつな墓だったのだろうか。
 そこに眠っているのは彼とどういう関係にあった人なのだろう。
 ……「BL読み」しなくても、最初からこういうことを思い浮かべることは可能だと思います。けれど私には「BL読み」という補助線が必要だった。あるいはこれは私の妄想を盛りすぎている読みかも知れない、それでも、何のてがかりもなくただの文字列として眺めるしかなかった「墓のうらに廻る」が、私にもひらかれた、という感覚は鮮烈でした。あと、すごく萌えた。

 そんなわけで、俳句を「BL読み」しての解凍ということで『庫内灯』にお誘いいただいて、迷わず「墓のうらに廻る」を選びました。読みの補助線として「BL」が機能する可能性、それを伝えられたらと思っていた……。だいぶ難航してご迷惑もおかけしましたが、書かせていただけてほんとうによかったです。
『庫内灯』の頒布ブースはB-20 夜間飛行惑星さまです。私もまだ実物を読んでいないので、文フリ東京で入手するのが楽しみです……!

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