呪いをとく

 短歌の入門書を読んだり、短歌の世界に身を置いている方にお話を聞いたり、そういうふうに短歌に近づこうとすればするほど私のなかには激しい怒りが生まれて、それがとても不思議でした。なぜ、こんなにも私の気持ちは短歌と喧嘩してしまうのだろうと。
 私は短歌を、五七五七七の定型をもった詩、と単純に考えていたので、それだけではなく「短歌性」なるものが宿っているようであること、何かと千年の伝統がついてまわること、私が大学で(半分居眠りしながらだけど……)学んだ文学へのアプローチの仕方では短歌にはさわれなそうであること、そういう部分をどうも理不尽に感じているところもあります。文学じゃなくてお茶やお華や武道みたいな「歌道」じゃん、芸事なのか文学なのかはっきりしてくれ、とも正直思っている。
 でも、それで私がこんなに怒ることないよね、と自分でも戸惑うぐらい、あきらかに激しすぎる反応をしてしまう。なんだろう、なんだろう、と思っていました。

 私にかかっている呪いのひとつに「おまえの詩は詩ではない」というのがあります。わかっていましたが、私が書きたいのは散文(小説)だし、と放置してきました。詩や短歌は読むことに徹して、とくに不都合なく楽しくやってきた。
 それが、BL短歌と出会ったことにより、私もとりあえずは五七五七七を「短歌」として発表することになりました。私は自分が並べた三十一文字を短歌だと思ったことはありません。これはBL五七五七七だと思いながら、それでも「短歌」としてしれっと出した。そうした以上、私が「短歌」として世に出した五七五七七を「短歌」として読まれ、評をされることは当然の流れです。頭ではわかっているし、とてもありがたいと心から思っている。でも、実際にそれをしていただいたとき、私はものすごく動揺してしまった。
「こう書きたいという自分の気持ちより、作品のほうが大事だからそれを優先する」というのは、表現するうえでまったくそのとおりのことで、私も小説を書くうえでは、使いたい言葉にこだわりすぎると作品が死ぬ、作品のためにはとっておきの決め文句を捨てることも必要、というのを当然のこととして受け入れ、ためらいなくおこなっている(つもり)。なのに、それを短歌でもやりなさい、と言われるとすごく抵抗感がある。小説に対するときの態度で短歌にも向きあわないといけないのか、と思うとものすごくつらい。もう短歌なんて諦めてしまいたくなるくらいつらい。

 で、諦めようと思いました。小説に対しては素直になれるところを、短歌だとすごく反発してしまう。これは合わないということだ。合わないものを無理してやっても仕方ないし、無理しすぎたあげく短歌を大嫌いになって、大切に読み続けてきた歌まで愛せなくなったら最悪だ。詩歌における私の神様であり、私を短歌に出会わせた寺山修司だって短歌を捨てた。私にはできないんだ。わかってたことじゃないか。距離をとろう。小説を書こう。
 だけど諦めることもできない。短歌性、なるものは(それが何だかよくわからないということもあり)強がりでなくそこまで自分には必要だと思えない。ただ、詩の言葉は欲しい。扱えるようになりたい。小説において、私が欲しいと思う言葉を獲得するためには詩が必要なんじゃないか、とここ何年か思っていて、このさき書きたいものを書くためにも詩の言葉はどうしても欲しい。短歌を通してそれを学べるなら学びたい。

 そんなことを考えているうちに、作ったものに自信がないし、愛もないから「気持ちより作品を優先」ができないのではないか、という気がしてきました。私は小説だってアマチュアだしそんなに大したものが書けるわけじゃないですが、根拠のない自信だけはある。自分が書いたお話のことは自分自身よりずっと愛しています。でも短歌についてはぜんぜんそうじゃない。自信がないどころか、そもそも短歌だと思ってない。短歌じゃないんだよ、五七五七七だから許してよ、できなくたっていいでしょ、厳しいこと言わないで、という甘えが常にある。
 最初から「できない」と思いながらやるのはとても間違っていることに今さら気づきました。
 まずは「できる」と思おう、まあいきなり思うのは無理だから、とりあえず「私は短歌がつくれる」と言い聞かせよう。

 私は短歌がつくれる。

 声に出さずにあたまの中だけで言ったのですが、つらくて、涙がとまらなくなりました。
 号泣しながら、あーやっぱりこれだ、すごく手ごわい呪いだ、これを解かなきゃ先へ進めないんだ、と思いました。
 一連の考えごとをお風呂場でやっていてほんとうによかった……。

 というわけで、あらためてBL短歌を諦めず、続けていきたいと思います。

 共有結晶の黎明期からBL短歌を見守ってくださっている「星座」の大石直孝さんのお声がけで日曜日におこなわれた、BL短歌を読んでみる集まりはたいへん勉強になりました。素人のくせに大きな口ばっかり叩き、根掘り葉掘り質問をしては勝手なことばかり言う私の話を大石さんは辛抱強く聞いてくださり、「五七五七七を毎回発見する気持ちでつくる、定型によりかからない」などハッとさせられるお話もたくさんしてくださいました。ありがとうございました!
 新年会と二次会のカラオケもとっても楽しかったです。椎名林檎ちゃんはほんとにかわいい。

 今後は「私は短歌がつくれる」「私は詩を書ける」という言葉をおまじないとして(お風呂のときに)言い聞かせていく所存ですが、この一年くらい、短歌と喧嘩するたびにお別れしてしまわないように暗唱していた、私がいちばん大切にしている歌はこれです(イベントで「いちばん好きな歌を一首挙げてください」というご質問をいただいたとき、実はこれを言おうか迷いました)
 

マッチ擦るつかのま海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや 寺山修司

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